この読書会について

この読書会では、月に一回、東京のカフェで、古典文学の名作をみんなで読み、自由にトークします。
文化的なサロンを目指しています。

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読書会レポート 2017年7月

~三島由紀夫『春の雪』~


 「優雅というものは禁を犯すものだ、それも至高の禁を」


 松枝侯爵家の嫡子にして美貌の松枝清顕は、幼馴染の伯爵令嬢である綾倉聡子が宮妃になるとの勅許が下りた瞬間、かねてより望んでいた「絶対の不可能」に向かって走り出した。

 宮妃との内通は皇室に対する不敬であり、清顕と聡子が生きた時代では大罪である。清顕は20歳の若さで死に、聡子は清顕の子を堕胎した末に剃髪し、この世では二度と清顕に会わないと決意するのである。

 「春の雪」は、男女二人がこのような悲劇的な結末を迎えるゆえに、「悲恋小説」であると言われることが多い。
 確かに、清顕と聡子の「恋」が結婚という形で成就しなかった背景には、清顕が聡子に誇りを傷つけられたと感じたことに対する復讐があり、二人の感情の行き違いが悲劇を生んだといえる。

 しかし、清顕が欲していたのは「絶対の不可能」であり、聡子は清顕の手の届くところにあった「絶対の不可能」に過ぎなかったと考えると、清顕は聡子に恋していたといえるのか、「春の雪」は果たして恋愛小説といえるのかという疑問がある。

 この問いに対して、そもそも恋愛小説とは何かという意見から始まり、清顕の年齢の若者は恋愛と執着の区別がつかないのではないか、清顕は初めから聡子に恋をしているのであるが、年上の聡子に対して優位に立ちたいあまり、冷淡な態度を取ってしまっていたのではないか、といった意見が聞かれた。清顕のように自意識(美意識)過剰の青年は、現代にも少なからず存在するだろう。

 関連して、「春の雪」で描かれている恋愛は観念的で作り物めいているという感想もあった。「観念的な恋愛」というテーマは同じく三島由紀夫の「美徳のよろめき」でも描かれている。「美徳のよろめき」のヒロインで人妻の節子は、「道徳的な恋愛をしよう」と思い立ち、その相手として知人の青年を選ぶのである。その青年自身に恋しているから恋愛をするのではなく、「道徳的な恋愛」という目標の達成を可能にする相手を選んで恋愛をするというのは、本末転倒のようにも思われるが、「春の雪」も同じ構図ではないだろうか。清顕が聡子に対して「一般的な意味で」恋していたかどうかについては意見が分かれたが、清顕の最終的な目標は「絶対の不可能」であり、 それに 直面する手段(過程)が聡子との「恋愛」であったとすると、「春の雪」は三島由紀夫の得意とする観念的な恋愛小説ということになる。

 
 次に、「春の雪」は恋愛小説であると同時に、輪廻転生をテーマとした「豊饒の海」4部作の導入でもある。「春の雪」の登場人物の何人かが2作目以降の「奔馬」「暁の寺」「天人五衰」にも現れるのであるが、「春の雪」ではその後の展開の予兆となるべき伏線が張られていることが指摘された。
 4部作を通して登場し、輪廻転生を見守るのが清顕の親友の本多であるが、「春の雪」における本多は理性的な人物として描かれている。法律を勉強していた本多は「奔馬」で裁判官となり、松枝家の書生であった飯沼の息子の勲が起こした事件のために弁護士に転じ、清顕の代わりに勲を救おうと奮闘するのであるが、「暁の寺」では覗きを趣味とする老人になってしまう。「春の雪」では本多が殺人事件の裁判を傍聴する場面があるが、事件に接するうちに、熱い闇に惹かれる心理が自分にもあることに気づくのである。この裁判の場面は、本多が他人の情熱を見守る立場から、情熱に突き動かされる立場に変化することの伏線ではないかとの意見があった。三島由紀夫が計画的・論理的に物語を構成する作家であることがよくわかる。

 「豊饒の海」4部作のうち、「春の雪」「奔馬」「暁の寺」では、主人公となる人物が20歳で夭折する。3つの作品が夭折で終わることに対しては、三島由紀夫自身が夭折を夢見ており、戦争で死ぬつもりであったのに戦後も生き残ってしまったことから、三島由紀夫の理想の死を描いているのではないかとの意見があった。
 実際に、「豊饒の海」では夭折せずに生き残る人物は堕落していく。本多は覗き老人となり、書生の飯沼も俗物となる。これに対して、夭折した人物は美しいまま残された者の記憶に残る。最後まで生き残った人物の中で美しいままであったのは聡子であるが、「天人五衰」では、聡子のいる月修寺を訪ねた本多に対して、これまでのストーリーを全否定するようなことを言うのである。タイトルの「豊饒の海」は月面の盆地であり、水も生命体も存在しない場所である。「天人五衰」の結末については議論のあるところだが、「豊饒の海」というタイトルは結末の伏線になっているのではないかとの指摘もあった。聡子の最後の言葉通り、全てが初めから存在しなかったとするならば、三島由紀夫は「豊饒の海」という超大作を通して、三島一流の華麗な文章を通して何を伝えたかったのであろうか?
 
 三島由紀夫のインタビューを聞いたことがあるが、現代では死から物語が失われているということが述べられていた。単なる病死や寿命による死には物語が存在しないが、青春の絶頂の死は物語の題材となる。ドラマティックな死に魅せられ、自らの死もドラマティックに演出しようとした三島由紀夫は、自分の美意識を総動員して「春の雪」を筆頭に「豊饒の海」を描いたのであると思われる。三島由紀夫自身が「輪廻転生」を信じていたかどうかということも議論になったが、「輪廻転生」は夭折する美しい者と、夭折がかなわず夭折の美を傍観し続ける者という構図を成り立たせるための道具立てとしての役割を果たしているといえる。

(by Y.S)

8/6 読書会 ヘッセ『荒野のおおかみ』

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8月の読書会を開催します。
終了後、食事会もあわせて開催します。

【日時・場所】 8月6日(日)
・15時~17時 読書会
 ルノアール四谷店 会議室 3F
 
・17時~ 食事会
 木々萌
 (禁煙です)

【費用】
・読書会……1000円(飲み物代と部屋代込み)
・食事会……3000円程
     
【定員】 25名
 
【テーマ】
ヘッセ『荒野のおおかみ』

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物質の過剰に陶酔している現代社会で、それと同調して市民的に生きることのできない放浪者ハリー・ハラーを“荒野のおおかみ”に擬し、自己の内部と、自己と世界との間の二重の分裂に苦悩するアウトサイダーの魂の苦しみを描く。

本書は、同時に機械文明の発達に幻惑されて無反省に惰性的に生きている同時代に対する痛烈な文明批判を試みた、詩人五十歳の記念的作品である。
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この作品について、お茶を飲みながら自由にトークします。
真面目な話をしなくてかまいません。脱線も歓迎。
脱線をしながら、色んな芸術分野に話の翼を広げていくのが理想です。
今までの会の様子はこちらをご覧ください。

なお、ブログ、Facebookで同時に募集します。

参加ご希望の方は、こちらまでメールをお願いします。
食事会に参加ご希望の方は、その旨もお書きください。
みなさま、お気軽にお越しください。


(ビジネス、サークル等の勧誘は固くお断りします)

7/2 読書会 三島由紀夫『春の雪』

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(このイベントは定員に達しました。ありがとうございます。キャンセル待ちは募集しておりません)

7月の読書会を開催します。
終了後、食事会もあわせて開催します。

【日時・場所】 7月2日(日)
・15時~17時 読書会
 ルノアール四谷店 会議室 3F
 
・17時~ 食事会
 木々萌
 (禁煙です)

【費用】
・読書会……1000円(飲み物代と部屋代込み)
・食事会……3000円程
     
【定員】 25名
 
【テーマ】
三島由紀夫『春の雪』

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維新の功臣を祖父にもつ侯爵家の若き嫡子松枝清顕と、伯爵家の美貌の令嬢綾倉聡子のついに結ばれることのない恋。

矜り高い青年が、〈禁じられた恋〉に生命を賭して求めたものは何であったか?――大正初期の貴族社会を舞台に、破滅へと運命づけられた悲劇的な愛を優雅絢爛たる筆に描く。

現世の営為を越えた混沌に誘われて展開する夢と転生の壮麗な物語『豊饒の海』第一巻。---------------------------------------------------------------------

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読書会レポート 2017年6月

~三島由紀夫『潮騒』~

 ギリシャ旅行後、三島29歳の時の作品。美しい自然に囲まれた文明の届かない島で、若く美しい恋人たちが苦難を乗り越え結ばれるというストーリー。読後の印象は、明るい、清々しい、爽やか、健康的、シンプル、単純、若い、希望、未来、美しい、綺麗、神話的、おとぎ話的、話が解りやすい、読みやすいといった単語で語られた。「美しい、綺麗」以外、三島作品を形容する言葉としてあまり使われない。いつもの三島の作品とは違うという感想を持った参加者が多かったのだ。

 それでは、この作品の特異性とは何なのか?まず、主人公の2人が単純であまり考えない。三島作品の主人公たちは普通複雑な内面を抱え、その心理描写にページが割かれている。しかしこの2人は迷わずただ自分であること、そこにいることに満足している。三島は彼らの内面の代わりに肉体を描写する。新治も初江も美しいが、その自覚すらない。精神性の排除により、この主人公たちは感情移入という意味で読者からの共感を得にくく、現実から乖離していく。おとぎ話のようだというのもこれが一因なのでは?

 人物の心理描写に比べ、自然の描写が多いという指摘があったが、これも意識的に精神性を排除した結果だろう。精神より肉体が描かれる人物と併せて、風景の描写が増えることで作品がより視覚的になる。何度も映画化されている所以か。

 さらにこの作品は文章も違う。三島のいつもの華麗な文体は影を潜め、短い簡潔な文章で構成されている。だから読みやすい。装飾を取り除いてなお美しい文章は、ギリシャ時代の建造物を彷彿とさせる。単純なものの美しさが文体でも表現されている。

 作品中比較的きちんと内面が描かれている千代子に、参加者、特に女性の参加者から多く共感の声が聞かれた。読書会に参加するのは、確かに初江ではなく千代子のような女の子なのだ。安夫はこの作品中唯一の悪党だが、この島社会ではそこまでの悪党でもなく、むしろ滑稽な役回りを与えられているとう意見は共感を得ていた。重要場面として特に話し合われたのがラストシーン。これはハッピーエンドなのか?という問いには様々な解釈があるだろう。ただこの場面に読者がはっとするのは確かで、そのまま夢散してしまいそうな物語を、最期に意外性という錨で留めた感がある。そしてもう一つ、嵐の海に飛び込む仕事に新治が志願する場面。そのとき何故新治は何故微笑んだのか?

 美しい自然、善い人しかいない島に、理想化し過ぎているという意見もあった。ギリシャ旅行から帰った三島は、この作品の構想を胸に、舞台とすべき風光明媚な島を日本全国から探してもらったそうだ。この島を悪いもので溢れた都会の文明から隔絶された理想郷として描いたのは事実だろう。伊勢湾の入口に浮かぶ島だ、読者は自然と日本の古代神話を連想する。温暖な気候、太陽と海、自然の恵み、善い人々、若く美しい恋人たち、神の恩寵、恋の成就。これを材料に三島が試みたのは、単純なものの美しさ、精神を凌駕する肉体を描くことだった。主人公新治は、都会に生きるインテリの三島自身のアンチテーゼ、もしくは憧れた理想の姿だったのだろうか。
(by M.K.)
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Author:東京読書会
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肩の力を抜いて、真面目な話でなくてかまいません。

まず、メンバーで順番に、その月の課題作品を決めてもらいます。
それを読んで、毎月第一日曜日、東京近郊の喫茶店に集まり、感想を語りあいます。

古典的な名作というのは、名前は知っていても、実際に読んだことがない場合が多いので、これを機会に読んでみよう、というのが主旨です。
古典的名作だけに、読んで損をすることはないでしょう。

参加される方の割合は、初めての方とリピーターの方が半々といったところです。

読書会の告知は、毎月下旬頃(読書会の45日ほど前)から始めます。

★「FRaU」(講談社)、『TOKYO BOOK SCENE』(玄光社)、NHK「ラジオ深夜便」、東京ウォーカー(KADOKAWA)で東京読書会が取り上げられました!


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