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読書会レポート 2018年9月

~太宰治『ヴィヨンの妻』~

「ヴィヨン」とは実在したフランスの詩人、フランソワ・ヴィヨンのことである。彼はたびたび罪を犯してパリを追放され、放浪し、それにも懲りず再びトラブルを起こす。そんなダメンズに例えられたのが主人公である「さっちゃん」のつれあい、自称華族の次男坊の「大谷」である。26歳のさっちゃんはたくましく、時にしたたかに大谷と子供と生きている。大谷は現実逃避のような行動を繰り返し、開き直ることもある。

 作品を読み終えての印象は「明るい話と感じた」「さっちゃんの強さは爽快」という感想の一方で、「暗い気持ちになった」「不気味で怖い感じ」と逆の意見も出てきた。これぞ、読書会の醍醐味。様々な感想が出され、大谷のダメンズぶりや、文中の「神様」はさっちゃんのことではないかと盛り上がる。

 本文の「女には、幸も不幸も無いのです」「男には、不幸があるだけです」から、女の幸せに話が及ぶと「女性は現実の中で何をすればいいのかを考える。たくましくて、強い。お金や名誉より、思っている誰かに少しでも愛されれば、それで幸せ」などなど、割合スムーズに様々な意見が交わされる。しかし「男の幸せとは?」には、何故か一瞬の沈黙と笑いが。「男は理想の自分になることを求めているが、もしそうなったとしても、満たされるのだろうか」…。

 新潮社文庫におさめられている他の作品の中では「おさん」が、ラストが際立っていると「ヴィヨンの妻」に次いで人気があった。太宰の晩年に書かれた短編集なので、全体的に死を予感させる作品が多い印象を受ける。今回の参加者の半分以上は女性だったが、太宰の人気がいまだ衰えず、彼がモテる理由が何となく分かったような気がした。女はイケメンに弱い部分を見せられると、放っておけないのかな。男性の参加者からは「太宰の作品は文章が素晴らしく読みたくなるが、太宰自身とは友達になりたくない」とのコメントも。妙に納得、納得。                   

(by M.O)
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読書会レポート 2018年8月

~宮沢賢治『銀河鉄道の夜』~

有名な作品だけに、複数の出版社から文庫本が出ているが、今回は角川文庫版。「銀河鉄道の夜」に出てくる双子のお星さまのお宮や蠍の火といったエピソードが、別な短編としてまとめられており、賢治の世界観をさまざまな角度から鑑賞できる短編集となっている。
しかし、子供向けの童話にしては、やや「難解だった」というコメントが多かった。そして、「機械伯爵が出てこなかった」などと、何か勘違いしたコメントも。

銀河鉄道には終着駅がない。「じっさい、どこまででも行きますぜ」と、登場人物に語らせるが、「この傾斜があるもんですから汽車は決して向うからこっちへは来ないんです」との説明から、片道運転であること、つまり、天国行きの鉄道であることが暗示されている。ジョバンニは生きた体のまま三次空間のほうから持参した切符を手に誤って乗り込んでしまったが、不完全な幻想第四次の銀河鉄道の乗客は、おそらく皆、死者なのだろう。実際、同乗していたはずのカムパネルラは、物語の最後で川へ落ちて死んでいたらしいことが明かされる。だとすると銀河鉄道とは、草原で昼寝をしていたジョバンニの夢枕にカムパネルラが現れた夢物語として読むことができる。

 それにしても、カムパネルラの父の冷淡な態度が気に懸る。「もう駄目です。落ちてから45分たちましたから」と、自分の息子が川に落ちたにしては、やけに冷静だ。これが推理小説ならば、カムパネルラを殺したのは、冷静さを崩さない父ということになるだろう。謎が謎を呼ぶ展開だが、この未完の作品には、本当はもっと続きがあったのかもしれない。

 ところで、ジョバンニは活版所にアルバイトに行くと、「よう、虫めがね君」などとからかわれ、涙を拭いながら仕事に就くという、まるで「ドラえもん」の、のび太のようないじめられっ子だ。

同じ短編集にある「よだかの星」で、よだかが被るいじめも、ジョバンニに対するいじめと酷似している。よだかは鷹からムチャクチャ理不尽な要求を受ける。曰く、「よだか」という名は、いわば「おれ(鷹)と夜と、両方から貸りてあるんだ。さあ返せ」、と。そして、明後日の朝までに「よだか」を改名して、「市蔵」と名乗れという。

なぜ鳥の名を人間の名前に変えなくてはならないのか。まるでジャイアンがのび太に対して要求するようなセリフではないか。逃げ場を失ったよだかはとうとう空に逃げて、やがて体から燐の火のような青い火を放ち、最後には星になってしまう。賢治のいじめられっ子に対する眼差しの優しさに心を撃たれた。

(by JUNJIRO FUJII)

読書会レポート 2018年7月

 ~ドストエフスキー『地下室の手記』~

莫大な遺産を手に入れた主人公の「僕」は、社会との関係を一切絶ち地下室にひきこもる。
その生活の中で思いめぐらしている事を手記へ書く。第一部では彼の思考、第二部では
ぼた雪にちなんだ彼の過去について語られる。

 ・「僕」の過去話であり、第一部とは違う、物語形式の第二部の方が読みやすかった。
 ・哲学に興味がある、学んだことがある人は、僕の独白が展開されている第一部は読みやすいかも。
と、作品全体での読みやすさについて意見が出ました。

第二部は僕がひきこもる前、社会と繋がりを持っていた時の話。意外と「僕」の考えや行動に
共通点や共感できる部分を持っている方が多かったです。

 ・「僕」は癇癪を起して感情を爆発させやすい。
 ・癇癪持ちだが、将校と肩をぶつけるために筋道を立てて行動を起こし実行するところを見ると、論理的に考えられている。実は頭が良いのかも。
 ・考えの方向が反転していくため、客観的に読んでいるとコメディチックで面白い。
 突っ込みどころがある。
 ・読者の方が、読んでいていたたまれない、恥ずかしい・・・と感じる場面が多々出てくる。
 ・読了後の心に重いものが乗りかかってきた。夜に読み終えると特にそう感じた。
 ・最後まで希望が見えなかった・・・。
 ・「僕」を訪ねてきた「リーザ」に金銭を渡して追い出したのに、追いかける場面。あそこがせめてもの救い。

 第二部後半で登場する「リーザ」と「僕」のやり取りは印象的。その二人が結ばれない、
希望や救いのない終わり方が作品にリアリティを与えていると感じました。
現実って、物語のようにハッピーエンドばかりじゃあないよね、と。
女性との関係に敢えて”逃げ道”を作る部分や女性の描写に、作者が男性であることを意識させられました。
 人は他人と関わっていくことで人格が形成されていく事を再認識させてもらいました。
ひきこもっている「僕」の言動は人格破たん者そのもの。この言動に”ひきこもる”ことへの怖さが
伝わってくるため、読んでいて息苦しさを感じます。こうなってはいけないよなと考えさせられました。

 読書会の2時間、意見が絶えずあっという間に過ぎました。多くの意見が出たため、それを頭に入れつつ
再読してみようかと思います。

第一部の話題は、≪すべての美にして崇高なるもの≫や2に2が4は当たり前ではないこと、歯痛にも快楽を見いだせる、などなど。
私だけではなくほかの方も、見開き2ページ改行なしで続くこの手記の内容を読むのはつらいものがあったのだと思いました。
このことを踏まえ、再読するときは物語形式の読みやすい第二部から読んでみようと思います。
時系列的にも第二部の方が前ですので。第一部で挫折された方に出会ったときは、この順序で読むことを勧めていきたいなと思います。

(by M.N)

読書会レポート 2018年6月

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~モーム『雨・赤毛』~    

今月の課題はサマセット・モームの「雨・赤毛」でした。
南国を舞台にした三作品「雨」「赤毛」「ホノルル」を収めた短篇集です。

南の島に足止めされた宣教師は同宿のいかがわしい若い女を改心させるべく情熱を注ぐが、降り続く雨のせいもあってか、事態は思わぬ方向へと導かれていく。
表題作の「雨」は、世界の短篇小説史上の傑作と言われるだけあって、参加された皆さんの一番良かった作品として「赤毛」をおさえて一位に輝きました。

・湿気が感じられる。
・構成が素晴らしい。
・「雨が降っていたからしょうがないかな」とまで思わせるモームの話術が巧み。
・「雨」が一番、読んでいて気持ちがモヤモヤさせられて面白かった。

と絶賛するかたが多かったのはもちろん、

・宣教師のようにまじめな人ほど抑圧されていることが多い。
・この宣教師は厳し過ぎる、矛盾も抱えている。
・この宣教師のような上司がいた。
・女が改心しそうになったのは演技、ふりをしていただけだと思う。なので、宣教師の死に女が間接的に影響した。
・でも私はこの女がわりと好き。少なくとも他の女性二人より魅力的。
・実は宣教師の死は自殺ではなく、他殺だったのでは?
・犯人は夫の死にあまりに冷静だった奥さん、あるいは女?

など、とんでもない意見まで飛び出して笑いが起きました。

その一方、

・「雨」も「赤毛」も後味が悪い。
・「赤毛」は南の島で大恋愛を繰り広げた美しい男女が、長い年月の後、お互いに会っても気づきもしないという現実が皮肉で厳し過ぎる。
・「雨」はわざとらしくて劇的すぎる。
・どの作品もきっちりオチをつけているのが「読ませられている感」があり、個人的にあまり好きではなかった。
・そもそもオチをつける必要があったのか。
・いや、モームはオチのない作品をバカにしていたので、それが彼のスタイルなのだろう。
・傑作と呼ばれるほどの文体の素晴らしさは感じられなかった。訳者のせいか。

などといった意見も聞かれました。

今月もひとつの作品でこんなに様々な感想や意見が聞けて面白かったです。
いつもながら、ひとりで読むだけでは及びもつかない読書の醍醐味を味わうことができた読書会でした。

(by M.O)  

読書会レポート 2018年5月

~シェイクスピア「ジュリアス・シーザー」~

 今回の課題本は、名にし負う大文豪シェイクスピアの政治劇「ジュリアス・シーザー」でした。

 業績、名声、人望、知性、すべてに厚く、ローマの新時代をまさに切り開かんとしていたジュリアス・シーザー。しかしその周囲には、神にもたとえられつつあったシーザーに嫉妬し、その座から引きずり落とそうと画策する力がうごめいていた。彼らが反シーザーの旗印にと目をつけたのは、清廉実直で名高い男(ブルータス)。

高潔な理想、純真な愛国心、そして暗い嫉妬と羨望はないまぜになりながら、シーザーの暗殺は遂げられ、計画は成功。これですべてはうまくいく、と思われたのだが―――。

 さて、実際の会での話題は以下のようなものでした。

まず、
 ―「読んだけど、正直なんだかよく分からなかった」「そもそも『シーザー』って誰なのか、実は全然知らない」といった、赤裸々な告白(多数派)。
 ―「シェクスピアは初めて読んだけど、セリフが大げさする」「どうせ『ブルータス』では売れないから、有名人の名前をタイトルにしたに決まっている」という鋭い意見(過激派!)。

はたまた、登場人物の多くが男性であることから、
―「遊びも知っていて、言葉も巧い男が、モテるに決まってる」「そんなことない。心の弱さがある男性も、いじらしさがあって、人間臭くて好き」「カッコよくて、リーダーシップがあって、『さすが主人公!』と思ったキャラが、この後で美女にのぼせてダメになるなんて…見損なった」といった、男性キャラの好感度投票(主に女子陣)。

もちろん、
―「シェイクスピアはかなり史実を改変している。けれども、その改変が物語に自然さと普遍性を与えている」「容貌の描写がなくとも、読み進めているうちに、自然にキャラの顔かたちが想像できてしまう。さすがの筆致。」「史実では、複数の登場人物間に血縁関係があったらしい。そうだとすると、さらに面白く、考えさせられる」といった、「やっぱりシェイクスピアすごい」という声も多く聞かれました。

 最後に、打ち上げの酒宴では「シーザーサラダの『シーザー』の由来は何か」という点についても、ケンケンゴウゴウだったことも申し添えておきます。
(by H.T)
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東京読書会

Author:東京読書会
古典文学の名作を読み、カフェでそれについて自由に語りあいます。
肩の力を抜いて、真面目な話でなくてかまいません。

まず、メンバーで順番に、その月の課題作品を決めてもらいます。
それを読んで、毎月第一日曜日、東京近郊の喫茶店に集まり、感想を語りあいます。

古典的な名作というのは、名前は知っていても、実際に読んだことがない場合が多いので、これを機会に読んでみよう、というのが主旨です。
古典的名作だけに、読んで損をすることはないでしょう。

参加される方の割合は、初めての方とリピーターの方が半々といったところです。

★「FRaU」(講談社)、『TOKYO BOOK SCENE』(玄光社)、NHK「ラジオ深夜便」、東京ウォーカー(KADOKAWA)で東京読書会が取り上げられました!


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