
読書会レポート 2016年7月


~ ウェルズ『タイム・マシン』~
7月3日に開かれた東京読書会はちょうど第60回目、五周年記念に当たる回でした。この日に、主催者の私がウェルズの『タイム・マシン』を選んだのは、何も隠された意図があったわけではなく、全くの偶然です。
単純に、この『タイム・マシン』が私の愛読書の一つだったからです。ウェルズはよくSFの始祖と呼ばれますが、私自身はSFには全く興味がなく、ウェルズの一連の作品は、科学の衣装をまとったファンタジー・幻想小説だと思っています。実際、この短編集に収められている作品でSFと言えるのはせいぜい半分で、残りは純粋に幻想小説と呼べるものです。
やはり、最も有名な作品である「タイム・マシン」に多くの声が寄せられました。
19世紀末のイギリスの時間飛行家がタイム・マシンを完成させ、80万年後の未来に行きます。しかし、そこでは人類は、優雅だが知的に衰退した地上人エロイと、地下に潜り工場労働に一生を費やすモーロックの二つの種族に分裂していた――というものです。
「イギリスのEU離脱を決める国民投票で、賛成派と反対派が真っ二つに分かれてしまったのを思い出しました。それを狙って本を選んだんですか?」(偶然です)
「こんな未来は嫌だなあ」
といった意見が寄せられました。
そして、どういうわけかウェルズと同じく「今後、人類は衰退していく」と考える人のほうが圧倒的に多かったのです。
「もしタイム・マシンがあったらどこに行きたいですか?」
というベタな質問を投げかけてみたのですが、多くの人が「過去に行きたい」と言っていたのが意外でした。私は極めて現実的に、一年後の未来に行き、高騰している株を確かめて、現在に戻ってきてその株を買い占める――というのを考えていたのですが。
「今のテクノロジーは行き過ぎているので、もう少し科学技術が落ち着いた時代に戻りたい」という声もありました。
この本の中の短編では、他には「マジック・ショップ」「塀についた扉」などが人気でした。
「マジック・ショップ」は、マジック・ショップと称する店に入った主人公が、手品とも魔術ともつかない奇怪な技を見せつけられるという夢幻的な作品です。
「塀についた扉」は、私がこの作品集の中で一番好きな作品です。
子供の頃に一度だけ見た、楽園へと通じる「塀についた扉」を探し求める男が、最後に工事現場で墜落して死ぬ――という物語です。
夢や幻想を追い求める人間の哀しみや喜びが描かれていて、ウェルズがただのSF作家とは違うのは、こういった人間の根源的な感情を美しく描いているところだと思います。
「この作品はハッピーエンドかアンハッピーエンドか?」
という問いを呈したところ、やはりほとんどの方は「アンハッピーエンドじゃないの」ということでしたが、三人ほど「ハッピーエンドだ」という意見もありました。私もその一人です。
彼は工事現場で墜落して死んだが、その瞬間に、めくるめく楽園の幻影を見たのではないでしょうか? だとすると、傍からはどう見えようと、彼は永遠なる幸福の国の住人だった言えるのではないでしょうか。
(by S.K.)