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読書会レポート 2015年5月

~夏目漱石『行人』~

 今回の課題本は夏目漱石の後期三部作の中で『彼岸過迄』と『こころ』の間の1912年(大正元年)12月から1913年(大正2年)11月まで朝日新聞に連載された『行人』でした。『こころ』は読んだことはあるがこの作品は初めてという参加者や、漱石は好きだが初期の作品が好きで、後期の作品は難しいと敬遠していたという参加者が多かったです。全体として大正初期に書かれた作品にしては文章が読みやすかったという意見が多かった一方で、内容は難しいという意見も多く聞かれました。

 この作品の連載中に漱石は胃潰瘍で倒れ、執筆が5カ月間中断し、構成もその影響か4番目の章の「塵労」とそれ以前の章では断絶があるのではないかと感じました。また、一郎の妻であり、二朗の嫂(あによめ)でもある直(なお)の思わせぶりな態度等の伏線の未回収な部分が多くあり、作品の書き始めの段階から、路線変更があったのではないかという意見も多く出ました。

 本作品で中心的な役割を果たす一郎の悩みについては、多くの参加者がわからない、共感できない、面倒くさい等の意見を持っていましたが、一部の参加者からは共感できるとの意見も聞かれました。一郎は妻の直を中心に周囲に対して人間不信に陥っているわけですが、他者の正体やスピリットを掴むという問題を考え出すとなかなかすっきりとした解決は難しいと感じました。

 これは現代に生きる我々にも通じる問題ですが、直への不信に関しては、一郎が直のことを好きであればそれで良かったのではないかという意見も出ました。この問題の解決をどうすればいいのかという点は作中で一郎が悩みぬいていることを見てもわかるとおり、容易に解決がつかない問題です。この作品の一郎の悩みには救いが無いという意見も出ましたが、漱石は決着がつかない問題を決着がつかないと書いて、決着させてしまう作家だという意見も出たので、一郎が容易に答えが出ない問題を悩んでいることは漱石の作品らしいとも感じました。

 また、一郎の妻であり、二郎の嫂である直に関しては参加者の男性と女性で感じ方が全く異なり興味深かったです。男性は直に好感を持っている人が多い一方で、女性の参加者は嫌いな人が多かったようです。

 推薦者としてはこの作品を一郎の苦悩に着目して、推薦したのですが当日は直の話を中心に議論が進みました。同じ作品を読んで自分が感じなかったことを聞くことができるのは読書会の醍醐味だと思いますが、そのような作品を推薦をできてうれしく思いました。また、今回から会場で使用するテーブルが3つに増えたにもかかわらず、多くの方の参加を得ることができてほっとしました。

(伊東)
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