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読書会レポート 2016年1月

~井上靖『あすなろ物語』~

東京読書会では初出の、井上靖の作品です。彼の作品群は、自伝的分野、現代社会事件を扱った分野、古代から中世の日本や中国西域を舞台にした歴史小説分野と大別されます。どの作品も詩情的・絵画的な描写、骨太で巧みな構成が魅力です。日本ペンクラブ会長を歴任しノーベル文学賞候補にしばしば挙げられるなど、いわゆる巨匠としての扱われ方だったのが、今年で没後25年を迎え、あまり読まれなくなってきたのではと感じていました。今回はみなさんの感想を楽しみにしていました。

やはり井上靖は初めてという方がかなりいらっしゃいました。全体の印象として「文章がさっぱりしていて透明感がある」「水墨画のように淡々としている」「忙しい年末年始に読んだが、疲れを感じずに読了できた」という感想が多かったです。

反対に「淡々と書かれ過ぎている。もう少しドロドロしてもよかったのでは」「自分の家族の描写があまりなく、釈然としなかった」という感想もありました。
主人公の梶鮎太について「鮎太本人は“あすなろにしかなれない”と思っているが、他人から見れば魅力的」という肯定的な感想は意外と少数で、「主人公でありながら影が薄い。人生が自動的に流されている」「淡白、客観的。人に影響されている」という意見が多く、動態的ではない鮎太の性格はあまり評価されなかったようです。

登場する女性たちについては「女性の描写がきれい(冴子が雪の中で死んでいる場面など)」という感想は私も持っていたのですが、「冴子とおりょう婆さんの性格が共通していると思った(妾になったり心中したりという危うい部分)」「オシゲは最後に自殺すると思った」「英子という名の女性が二人も出てくるのは偶然ではないのでは」という見方は新しい発見でした。また、どの女性が好きかという話題になり、明るく健康的な魅力の“雪枝”が女性陣には一番人気だったのに対して、女王蜂的性格の佐分利信子が好きというのは男性に限られ、興味深い結果でした。

その他、「左山が取材せずに記事を口述筆記させている描写に事実と異なる箇所があり、これは新聞記者出身の井上の皮肉だと思った」「小説の手法として誰かをヒノキにしなければならなかったのでは(大沢、金子、左山)」「結局、“檜になる”とは?あすなろのまま檜にならない方が幸せなのでは」など、皆さんの鋭い考察に感心しました。

最後に「自分は都会育ちで、小説に出てくる田舎や、親戚付き合いの感じがよくわからなかった」という意見に、はっとしました。井上と同郷の私は特に主観的に読み過ぎていたのかもしれません。読書の感想というのは個人的な体験から量られるのであって同じ小説に持つ感想も人によって違って当たり前なのだと気付かされました。今回は貴重な機会をいただき感謝しています。ありがとうございました。

(by T.M)
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