第21回 読書会レポート

4月7日(日)、晴れてはいるけれど前夜の嵐の突風の名残りのある中、今回の読書会は行われました。

今回はシェイクスピアの戯曲『マクベス』
魔女の予言に惑わされ、自ら破滅していく主人公・マクベス。

「セリフが詩のよう。英語の原文はもっと美しいだろう」
「この美しさを日本語に訳すのは難しい」
「舞台なら役者のセリフの抑揚や立ち居振る舞いで雰囲気が変わるだろう」

まず、ストーリー全体を通しての話から始まり、のちにマクベス本文について話題は移りました。

「マクベスは武将としては有能だが、王の器ではなかった」
「そのまま武将として生きてたらよかったのに」
「彼が心の弱い普通の人間だから、主人公になった」
「マクベス夫人が夫に王の殺害をそそのかすシーンに、妻が夫に出世等をほのめかす今の日常生活を見た」
「夫人には最後まで悪役に徹してほしかった。」
「マクダフ夫人と子息の会話は劇中の清涼剤だが、それが余計に悲劇を際立たせている」
「マクベスが魔女の予言に踊らされていたと悟った時、鎧を着、武将として最期を遂げた事が救いだった」

この劇は当時の国王、ジェームズⅠ世も観劇したとの事。
ストーリー自体も実在した人物をアレンジして登場させ、国王自身の暗殺計画失敗や、彼が研究していた魔女の事や時事ネタが織り込まれています。
当時の芸術はアーティストの表現の為でなく、パトロンの為に書かれていたという側面が伺えます。

また、シェイクスピア自身の資料が少なく、素晴らしい劇を書いたのに、遺書の内容も凡庸で別人のような事から、ゴーストライターがいた説等々。

そして、作家の『遺書』というものは、読む相手を意識しているのか?それとも死後どう思われようと関係なく書くのか?また、著名人の遺書が女々しかったり、逆もあり。最期に残す遺書と、故人の人柄の一致・乖離について話は盛り上がりました。

シェイクスピアは難しそうと思っていましたが、昔も今も変わらない人間の本質が的確につづられていると改めて思いました。

マクベスは魔女の言葉に嵌められますが、読者は作者の言葉に嵌められ、引き込まれていきます。
魔女がマクベスをもてあそんで楽しんだように、シェイクスピアは我々を惑わせて楽しんでいるのかもしれません。

(by 平林)
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