
第22回 読書会レポート

5/12の読書会のテーマは太宰治の「斜陽」。
今回はこれまでの10人体制から、初の20人体制の読書会となりました。
10人×2グループでテーブルを分けそれぞれのテーブルでトークセッションが行われました。
~太宰治について~
太宰は言わずと知れた無頼派の作家。
昭和の始め頃に活躍し「走れメロス」「人間失格」等の有名な小説を発表、誰もが教科書で読んだことのある作家です。
しかしその生き方は2度の自殺未遂と3回に及ぶ愛人たちとの心中未遂(3回目の心中でようやく死亡)など、スキャンダラスなものでした。
~「斜陽」について~
今回の「斜陽」は太宰の死の前年に発表された小説です。戦後の没落貴族の娘・かず子の一人称で進みます。
かず子、母、弟、小説家の4人の人物をメインに据え、滅びゆく貴族、失われゆく日本人の美学(あるいは道徳)が描かれます。
元となったのは愛人・太田静子に書かせた日記(「斜陽日記」というタイトルで刊行)で、物語の大半がその日記を下敷きにしています。
~トークセッションの内容について~
私(ヤスミン)のいたテーブルでは次のような意見が出ました。
「物語を高い視点から俯瞰している人物がいるように思う」
「暗いのに劇的」
「この時代だからこそ書かれた小説。今後こういった小説が書かれることはないだろう…と哀愁を感じる」
文体の読みやすさやストーリーの進め方について賞賛の声もチラホラ聞かれました。
教科書で「走れメロス」だけ読んでいた人にとっては、明るいメロスとは反対の暗い内容に驚きもあったようです。
また登場人物については、
「登場人物がそれぞれ影響を与えあいすぎて歪んでいる」
「かず子は上原(小説家)のことを美化しているように母親のことも美化しているのでは?」
「最後のかず子の手紙を読むと上原の方が捨てられたように感じる」
「それぞれに太宰の人間性が少しずつ反映されている気がする」
という意見が出ました。その後トークはどんどん発展し、
「もし映画化されたらキャスティングはどうするか」
「太宰は何度も心中をしているが人間的にどうかと思う」
「本物の貴族の三島に対して、貴族になれない太宰」
「愛することと執着の違いとは」
という方面にまで話題が及びました。
個人的に印象深かった意見は以下の2つです。
「貴族階級と無産階級の間に子供が生まれることで新しいキリストが誕生する」
「かず子は自分の子供を、上原の奥さんに『弟の子供です』と言って抱かせたい、とはどういう意味があるのか」
特に後者についてはタイムアップで話しきれなかったものの、とても興味深い疑問だと思います。
太宰は生き方も含め、その人間性に激しく好き嫌いが分かれる作家です。
私個人は太宰の才能に感嘆し「斜陽」では冒頭のお母様の描写に引きこまれたタイプですが、
太宰の人間性には抵抗を感じます。
度重なる自殺と心中(しかもほとんど未遂)…死ぬと言う割には生き残り迷惑だ、と。
しかしその強烈な「ナルシストなのに自己嫌悪・生きたがりの死にたがり」の深淵から生み出される作品の数々は、
今も「ダザイスト」を自称する人々を惹きつけてやみません。
「斜陽」は、貴族に憧れつつも金貸業も営んでいた実家を持つ太宰のコンプレックス、
得意とする女一人称語り、滅び行く日本の美を象徴する登場人物たち、
未婚の母となって新しい時代の聖母子たらんとする結末…
それらが複雑に綾をなし、美しい模様となってストーリーを作っています。
それもまた太宰という作家の多面性の表れなのでしょう。
(byヤスミン)
今回はこれまでの10人体制から、初の20人体制の読書会となりました。
10人×2グループでテーブルを分けそれぞれのテーブルでトークセッションが行われました。
~太宰治について~
太宰は言わずと知れた無頼派の作家。
昭和の始め頃に活躍し「走れメロス」「人間失格」等の有名な小説を発表、誰もが教科書で読んだことのある作家です。
しかしその生き方は2度の自殺未遂と3回に及ぶ愛人たちとの心中未遂(3回目の心中でようやく死亡)など、スキャンダラスなものでした。
~「斜陽」について~
今回の「斜陽」は太宰の死の前年に発表された小説です。戦後の没落貴族の娘・かず子の一人称で進みます。
かず子、母、弟、小説家の4人の人物をメインに据え、滅びゆく貴族、失われゆく日本人の美学(あるいは道徳)が描かれます。
元となったのは愛人・太田静子に書かせた日記(「斜陽日記」というタイトルで刊行)で、物語の大半がその日記を下敷きにしています。
~トークセッションの内容について~
私(ヤスミン)のいたテーブルでは次のような意見が出ました。
「物語を高い視点から俯瞰している人物がいるように思う」
「暗いのに劇的」
「この時代だからこそ書かれた小説。今後こういった小説が書かれることはないだろう…と哀愁を感じる」
文体の読みやすさやストーリーの進め方について賞賛の声もチラホラ聞かれました。
教科書で「走れメロス」だけ読んでいた人にとっては、明るいメロスとは反対の暗い内容に驚きもあったようです。
また登場人物については、
「登場人物がそれぞれ影響を与えあいすぎて歪んでいる」
「かず子は上原(小説家)のことを美化しているように母親のことも美化しているのでは?」
「最後のかず子の手紙を読むと上原の方が捨てられたように感じる」
「それぞれに太宰の人間性が少しずつ反映されている気がする」
という意見が出ました。その後トークはどんどん発展し、
「もし映画化されたらキャスティングはどうするか」
「太宰は何度も心中をしているが人間的にどうかと思う」
「本物の貴族の三島に対して、貴族になれない太宰」
「愛することと執着の違いとは」
という方面にまで話題が及びました。
個人的に印象深かった意見は以下の2つです。
「貴族階級と無産階級の間に子供が生まれることで新しいキリストが誕生する」
「かず子は自分の子供を、上原の奥さんに『弟の子供です』と言って抱かせたい、とはどういう意味があるのか」
特に後者についてはタイムアップで話しきれなかったものの、とても興味深い疑問だと思います。
太宰は生き方も含め、その人間性に激しく好き嫌いが分かれる作家です。
私個人は太宰の才能に感嘆し「斜陽」では冒頭のお母様の描写に引きこまれたタイプですが、
太宰の人間性には抵抗を感じます。
度重なる自殺と心中(しかもほとんど未遂)…死ぬと言う割には生き残り迷惑だ、と。
しかしその強烈な「ナルシストなのに自己嫌悪・生きたがりの死にたがり」の深淵から生み出される作品の数々は、
今も「ダザイスト」を自称する人々を惹きつけてやみません。
「斜陽」は、貴族に憧れつつも金貸業も営んでいた実家を持つ太宰のコンプレックス、
得意とする女一人称語り、滅び行く日本の美を象徴する登場人物たち、
未婚の母となって新しい時代の聖母子たらんとする結末…
それらが複雑に綾をなし、美しい模様となってストーリーを作っています。
それもまた太宰という作家の多面性の表れなのでしょう。
(byヤスミン)
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