第41回 読書会レポート

~ディケンズ『クリスマス・キャロル』~

ケチで偏屈、冷徹で誰も愛さない、そんな老人スクルージが、クリスマス前夜に現れ
た幽霊たちと過去や現在、未来を巡る不思議な体験をして、劇的に心が入れかわり慈
悲深い善人になるというお話「クリスマスキャロル」。

内容が子供にもわかりやすく道徳的なためか、参加者には昔、子供のころに読んだこ
とがあるかたが何人かいました。けれども今回再読して当時とはまた違った角度から
読めて印象が変わったそうです。初読の人ともども、スクルージは単に嫌な人間なの
ではなく、もとはいい人だったのに環境や数々の出来事から心を閉ざしてしまった
人、という認識になり、だからこそ読後には感動していた、という人もけっこういま
した。

物語は、キリスト教の人たちにとって一年で最も特別な意味を持つクリスマスが舞台
とあって、作中ではそのクリスマス直前の様子や空気感までが生き生きと描かれてい
て、そこに感心している人が多かったです。とくに店先の食材や、ミンスパイや七面
鳥やカスタード、クリスマス・プディングといったごちそうの数々は関心の的でし
た。

また、スクルージの店で働く書記、クラチット家での貧しくとも暖かい愛情にあふれ
た、幸福そうな家庭の描写がとても良かったと評した人もいました。ディケンズ自
身、経済的にも貧しく、働きづくめだったからこそ描き得たものだったのでしょう。

突っ込みどころの指摘もありました。

「マーレイの幽霊が出てきたときには寝間着に着替えていたのに、その後『服も着替
えずに眠り込んでしまった』とあるが、着替える必要はなかったのではないか。ディ
ケンズが間違ったのか」
「あの最初に出てきた友人マーレイの幽霊は、その後どうなった? 七年も、あんな
気の毒な姿でさまよっているのに、その後最後まで登場せず、かわいそうじゃない
か」
「『ドアの上のくぎのように死にきっていた』というのは『玄関ドアの把手(ノッ
カー)でバンバン叩かれても無反応=死にきっている状態』という意味。注釈がない
とわかりにくい」
「未来の幽霊が見せてくれたのは寂しい自分の最期だったのに、その死んだのが自分
だと気づくのが遅すぎる、鈍感すぎる。すぐにわかりそうなもんじゃないか」

同じ本を同じ時期に読んだ同士だからわかり合える小ネタに「ああ、確かにそうです
ね」と笑いが絶えませんでした。

それから、参加者の七~八割が新潮社の本で読んでいて、訳者は村岡花子だったので
すが、訳に関しては賛否両論でした。半数ぐらいから「とても読みづらかった」とい
う意見が出ました。訳者との相性は翻訳本の宿命だと思います。

今回の作品は、どこかのサイトで「ディケンズは英国で『夏目漱石』のように愛さ
れ、よく読まれている作家」と書かれていたのに興味を覚え、選んだのですが「ディ
ケンズは常に貧しい労働者階級の人たちの立場に立った作品を書き、広く大衆に共感
を得たところが日本でいえば『山本周五郎』的」とおっしゃった人がいて「なるほど
な」と思いました。

クリスマスの時期にふさわしい作品でみなさんと楽しく語り合い、いつもながら大変
満足な時間を過ごすことができました。

(by 小澤)
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